はじめに:なぜ今、シニアのキャリア支援が重要なのか
「人生100年時代」という言葉が、すっかり身近なものになりました。今の日本は、まさにそんな超高齢社会の真っ只中にいます。平均寿命が延び、同時に少子化が進む中で、私たちの働き方、特にシニア層(この記事では主に60歳以降の方をイメージしています)の仕事や社会とのかかわり方に対する考え方は、ここ十数年で大きく変わってきました。
かつては「定年=引退」という考え方が当たり前でしたが、そんな時代はもう過去のものです。法律の改正で長く働ける環境が整い、何より皆さん健康で元気になったことで、「まだまだ意欲や能力を活かして働き続けたい」「何か新しい形で社会とつながっていたい」と願うシニア層が、本当に多くなりました。
こうした社会の変化を受けて、私たちキャリアコンサルタントにとって、シニア層の支援はますます重要なテーマになっています。技能検定の試験でシニアの事例が頻繁に取り上げられるのも、まさにその専門性が国レベルで求められている証拠でしょう。
この記事では、2級キャリアコンサルティング技能検定で問われる4つの評価区分、「基本的態度」「関係構築力」「問題把握力」「具体的展開力」という視点に沿って、シニア支援の理論と実践の橋渡しを試みたいと思います。検定合格を目指す方はもちろん、すべてのキャリアコンサルタントが実務でシニアの方と向き合う際に、より質の高い支援を提供するためのヒントとして、少しでもお役立ていただければ幸いです。
第一章:すべての土台となる「基本的態度」
キャリアコンサルティングの成否は、カウンセラーの「基本的態度」にかかっていると言っても過言ではありません。特に、豊かな人生経験を持つシニア層を前にしたとき、私たちのあり方そのものが問われます。ここでの基本的態度とは、受容的・共感的態度、誠実さ、そして何よりも相談者の人生への深い敬意を指します。
1. 言葉の奥にある想いを聴く「共感的傾聴」
シニア層の相談では、語られる言葉の内容以上に、その背景にある感情や価値観を感じ取ることが重要です。これが「傾聴」の真髄です。例えば、過去の成功を語る声に混じる一抹の寂しさ、変化への不安を口にするときの少し曇った表情、家族への感謝を述べながらついた安堵のため息——。そうした言葉にならないメッセージを全身で受け止め、共感的に理解しようとする姿勢が求められます。
「長年、本当に会社のために尽くしてこられたのですね」「新しい環境に戸惑うお気持ち、お察しします」。こうした応答は、単なる相槌ではなく、「あなたの気持ちを大切に受け止めています」というメッセージになります。
2. 「沈黙」を尊重する姿勢
特に、過去を振り返る中でふと訪れる「沈黙」は、相談者にとって非常に大切な時間です。思考が止まったのではなく、記憶をたどっていたり、感情を整理していたり、言葉にならない想いと向き合っていたりするのかもしれません。この沈黙を急かさず、焦らず、静かに待つ。この姿勢こそ、相談者を一人の人間として尊重する「基本的態度」の表れなのです。
第二章:信頼を育む「関係構築力」
しっかりとした「基本的態度」を土台にして、次に発揮されるのが「関係構築力」です。これは、相談者が「この人になら安心して話せる」と感じられる安全な場をつくり、協力して問題解決に取り組むパートナーシップを築く力を意味します。
1. 「シニア」と一括りにしない個別性の尊重
関係構築の第一歩は、目の前の相談者をステレオタイプで見ないことです。「シニアの方は皆さんこうですよね」——これは、私たちがつい陥りがちな落とし穴の一つです。同じ65歳でも、歩んでこられた道は本当に人それぞれ。経歴やスキル、経済状況、健康状態、家族のこと、そして何よりも「この先、どう生きたいか」という価値観は、一人ひとり全く違います。
この「一人ひとり違う」ということを深く理解し、尊重する姿勢を示すことで、初めて信頼関係が芽生えます。面談の初めに、相談者が歩んでこられた人生そのものに敬意を払い、その経験をじっくりと語っていただく時間は、関係構築のための極めて重要なプロセスです。
2. 安心・安全な場の創出
シニア層は、定年による「役割喪失感」や、長年いた組織から離れたことによる「所属感の喪失」など、複雑な想いを抱えていることが少なくありません。こうした心の揺れを安心して話せる場をつくることが、私たちの腕の見せ所です。受容的・共感的な態度を貫き、どんな話も否定せずに受け止めることで、相談者は徐々に心を開き、深い自己開示へと進んでいくことができます。
第三章:本質に迫る「問題把握力」
安心できる関係性が築けたら、面談は本質に迫る段階へと移ります。ここで問われるのが「問題把握力」です。これは、相談者の語る主訴(表面的な問題)の奥にある本質的な課題を、キャリアコンサルタントの視点も交えて的確に捉える力です。
1. 「経験の棚卸し」による自己理解の促進
多くのシニア相談者は、「私には特別なスキルなんてない」「今の時代に自分の経験が通用するだろうか」といった自己肯定感の揺らぎを抱えています。その問題把握のプロセスで中心的な役割を果たすのが、「経験と知識の肯定的な捉え直し(棚卸し)」です。
- 職務経歴の深掘り:具体的なエピソードを交え、どんな工夫をしてきたかを語っていただきます。
- 成功も失敗も言葉にする:困難をどう乗り越え、何を学んだのか。それはその方だけの強みや価値観を明らかにします。
- 視点を変えて価値を再発見する(リフレーミング):ご本人が「当たり前」だと思っている経験に、私たちが客観的な視点から光を当てます。
このプロセスを通じて、相談者はご自身の価値を再認識し、私たちは「自己理解の不足が選択肢を狭めている」といった、相談者自身も気づいていない問題点を把握することができるのです。
2. 「ライフキャリア」という広い視野での把握
シニア層にとって、キャリアはもはや仕事だけを指すものではありません。健康、家族、趣味、学び、地域とのつながりといった人生全体を構成する「ライフキャリア」の視点で問題を捉えなければ、本質を見誤ります。
「まだまだ働きたい」という言葉の裏にある本当の願いは何か。「仕事以外の時間」をどう過ごしたいのか。こうした広い視野から問いを立てることで、「その人らしい豊かな人生を送る上で、仕事(あるいは仕事に代わる活動)をどう位置づけるか」という、より根源的な問題の輪郭がはっきりしてきます。
第四章:次の一歩を支える「具体的展開力」
問題の本質が共有できたら、面談は未来に向けた具体的な行動へと進みます。これを支えるのが「具体的展開力」です。これは、相談者が自らの意思で目標を設定し、それに向けて主体的に行動を起こせるよう、選択肢の提示や計画づくりを効果的に支援する力を指します。
1. 「再就職だけじゃない」多様な選択肢の提示
正社員での再就職だけがゴールではありません。パート、業務委託、起業、プロボノ、ボランティアなど、シニアの活躍の場は多様化しています。相談者の価値観や強み、ライフキャリア上の希望を踏まえ、これらの選択肢を幅広く、かつ具体的に情報提供します。重要なのは、情報を並べるだけでなく、「こんな働き方もありますが、どう思われますか?」と問いかけ、あくまで「考える材料」として提供することです。
2. 小さな一歩を一緒に見つける目標設定
「デジタルスキルを身につける」といった大きな目標ではなく、「まずは市の無料PC講座に申し込んでみる」「一日15分だけタイピングの練習をしてみる」といった、具体的で、すぐに始められる「スモールステップ」を一緒に設定します。この「できた!」という小さな成功体験の積み重ねが、相談者の自信を取り戻し、次の一歩を踏み出す力(自己効力感)を育んでいきます。
3. 「最後は自分で決める」自己決定の尊重
どのような道を選び、どのような一歩を踏み出すのか。それを決めるのは、私たちではなく相談者ご自身です。私たちの役割は、相談者が納得して「自分で決める」ことができるよう、その思考の整理をお手伝いすることに尽きます。この「自己決定の尊重」こそが具体的展開のゴールであり、相談者がこの先のキャリアをご自身の足で歩んでいくための、何よりの力になるのです。
さいごに:伴走者として、シニアの豊かなライフキャリアを支える
シニア支援には、たった一つの正解はありません。その根幹にあるのは、試験の評価区分に示された4つの力です。
まず、カウンセラーとしての「基本的態度」を貫き、相談者の人生に敬意を払う。その上で、安心できる「関係構築力」を発揮し、信頼の絆を結ぶ。次に、多角的な視点からの「問題把握力」で、相談者自身も気づかなかった本質的な課題を明らかにする。そして最後に、主体的な意思決定を支える「具体的展開力」で、未来への具体的な一歩を後押しする。
私たちは、相談者の前に立って道を指し示すリーダーでも、後ろからただ声援を送る応援団でもありません。隣に並び、同じペースで共に歩む「伴走者」なのです。相談者が自分らしい一歩を踏み出す、その瞬間に立ち会えることこそ、私たちキャリアコンサルタントにとっての何よりの喜びであり、大切な社会的役割と言えるのではないでしょうか。
