「希望の部署に移れたはずなのに、なんだか気持ちがスッキリしない」

「ずっと夢だった独立。でも、なぜか不安で孤独な気持ちになる」

「結婚して幸せなはずなのに、自由だった頃が恋しくなる」

あなたの人生にも、転職や異動、結婚といった「変化」が、これまでにもあったと思います。それは多くの場合、前向きで、喜ばしい一歩のはずです。

でも、そんな変化の真っ最中に、心がざわつくことはないでしょうか。

周りからは「贅沢な悩みだ」と思われそうで、誰にも言えず、ひとりで抱え込んでしまう。「自分はダメなのかな」なんて、自分を責めてしまったりもして。

もし今、あなたがそんな気持ちでいるのなら、安心してください。

その感情は、あなたがおかしいわけでも、弱いわけでもありません。それは、人生の節目で誰もが経験しうる、ごく自然な心の動きなのです。

この記事では、心理学者のウィリアム・ブリッジズが考えた「トランジション理論」をヒントに、その「モヤモヤ」の正体と、どうすればうまく乗り越えていけるのかを、一緒に考えていきたいと思います。

読み終わる頃には、今の不安な気持ちが、新しい自分になるための大切なサインであることに、きっと気づけるはずです。

1. 「状況の変化」と「心の変化」は別もの

ウィリアム・ブリッジズの考え方で、最も大切なこと。

それは、私たちが混同しがちな「変化(Change)」と「トランジション(Transition)」を、はっきりと区別した点です。

彼は、多くの人が苦しむのは、転職や引越しといった「状況の変化」そのものではなく、それに心がついていく「内面のプロセス」がうまくいかない時だ、と語っています。

この2つ、何が違うのでしょうか。

「変化(Change)」とは?

「変化」とは、あなたの外側で起こる、目に見える出来事のことです。

  • 会社や役職が変わる(転職)
  • 住む場所が変わる(引越し)
  • 家族構成が変わる(結婚)
  • 上司が変わる

これらはすべて「変化」です。

環境や肩書きといった、外側の設定が変わった、ということです。でも、設定が変わったからといって、私たちの気持ちがすぐに切り替わるわけではありません。

「トランジション(Transition)」とは?

一方で「トランジション」とは、その外側の変化に、心が慣れていくまでの内面的なプロセスのことです。目には見えず、少し時間がかかる「心の整理期間」のようなもの。

もし「変化」がA地点からB地点への「移動」だとしたら、「トランジション」は、**古い自分に区切りをつけて、新しい自分にゆっくり馴染んでいく「心の旅」**のようなもの、と言えるでしょう。

例えば、転職なら…

  • 前の職場でうまくいっていたやり方や、好きだった人間関係を失った寂しさ。
  • 新しい職場で、自分はやっていけるだろうかという不安。
  • 「自分はここで何ができるんだろう」という、少し心もとない気持ち。

結婚なら…

  • 独身時代の自由な時間との、気持ちの上での別れ。
  • パートナーとの価値観のすり合わせで感じる、ちょっとした戸惑い。
  • 「夫」や「妻」という新しい役割に、自分自身が馴染んでいくこと。

なんとなく、違いがわかるでしょうか。

私たちが「新しい環境に馴染めない」と感じる時、問題なのは新しい職場や家族といった「変化」そのものではなく、その裏で静かに進んでいる「トランジション」という心のプロセスにあることが多いのです。

この違いを知っておくだけでも、今の「モヤモヤ」の正体を知るための、大きな一歩になります。

2. この考え方が生まれた背景にある、彼自身の経験

この理論は、ただ頭で考えられたものではありません。

ウィリアム・ブリッジズ自身の、とても大変な実体験から生まれてきたものです。

彼はもともと、大学で英文学を教える教授でした。安定したキャリアを順調に歩んでいました。

でも、彼の心の中には、だんだんと無視できない疑問が浮かんできます。

「このままでいいのだろうか?」「本当にこれがやりたいこと?」

そして彼は、大きな決断をします。長年勤めた大学教授という安定した仕事を、自ら辞めることにしたのです。

「何者でもない」と感じた1年

仕事を辞める。

それは彼にとって、人生の大きな「変化」でした。

でも、本当に大変だったのは、その後にやってきた「心の整理期間(トランジション)」でした。

仕事を辞めてから約1年間、彼は「自分は何者でもない」という強い不安に襲われます。

「大学教授」という肩書き、決まったスケジュール、同僚との会話、学生とのやりとり…。昨日まで当たり前にあったものが、すべてなくなってしまったのです。

それはまるで、霧の中を一人で歩いているような気持ちだったと、彼は語っています。

「昨日までの自分はもういない。でも、明日からどうすればいいのか、さっぱりわからない」

この辛い経験を通して、彼は身をもって理解しました。

外の状況が変わることと、心がそれに適応していくことは、まったくの別ものなのだ、と。

ワークショップでの気づき

自分の経験は、他の人にも当てはまるのかもしれない。そう考えたブリッジズは、「人生の転機」をテーマにした小さなワークショップを開きます。

参加者の状況は、離婚したばかりの人、突然仕事を失った人、子育てが一段落した人など、本当にさまざまでした。

経験した「変化」はバラバラ。でも、彼らが語る心の悩みには、驚くほど共通点があったのです。

誰もが、まず何かを「失い(終わり)」

次に、どうしていいかわからない「宙ぶらりんな時期(ニュートラル・ゾーン)」を経験し、

そして、やがて新しい自分を「見つけていく(始まり)」

この共通のパターンを発見したことで、彼の個人的な経験は、誰もが使える知恵へと変わっていきました。彼の言葉に説得力があるのは、彼自身のリアルな経験から生まれているからです。

3.「モヤモヤ期」を乗り越える、3つのステップ

では、私たちはこの心のプロセスを、どう歩んでいけばよいのでしょうか。

ブリッジズは、それには3つの段階があると言っています。順番は、「終わり」→「ニュートラル・ゾーン」→「始まり」です。

興味深いことに、「始まり」からではなく、「終わり」からスタートします。何かを新しく始めるには、まず何かをきちんと終わらせる必要がある。この順番が、とても大切なのです。

ステップ1:まず、何かが「終わった」と認める

新しい部署に来たのに、まだ前の部署のことが気になってしまう。

転職したのに、前の会社のやり方にこだわってしまう。

これは、心の中でまだ「終わり」が受け入れられていない状態かもしれません。新しい一歩を踏み出すためには、まず、古いものが「終わった」と認めて、意識的に手放すことが大切です。

何を、手放せばいい?

  • 過去の役割: 「〇〇部のエースだった自分」など。
  • 過去の人間関係: 心地よかった関係性(縁を切るのではなく、気持ちの区切りをつけるイメージです)。
  • 過去のやり方: かつてうまくいっていた仕事の進め方。
  • 過去の夢: こうなるはずだった、という計画。

これは少し寂しい作業かもしれません。だから、つい過去のままいたくなります。でも、勇気を出して区切りをつけることで、初めて次へ進めるのです。

具体的にできること

  • お世話になった人に、あらためて感謝を伝えてみる。
  • 古い名刺や資料を整理して、気持ちに区切りをつける。
  • 失って悲しかったこと、寂しかった気持ちを、正直に紙に書き出してみる。

ステップ2:「宙ぶらりん」な時期を、焦らないで

古いものが終わり、でも新しいものはまだ始まっていない。

なんだか居心地が悪くて、どうしていいかわからない時期。それが「ニュートラル・ゾーン」です。

あなたの「モヤモヤ期」の正体は、まさにこれ。

やる気が出なかったり、自分が空っぽに感じたり。前に進むことを求められる社会の中では、焦ってしまうかもしれません。

でも、ブリッジズは、この時期こそが、実はとても大切で、新しい自分になるための準備期間だと言います。

なぜなら、この時期は、周りの声から少し離れて、自分の心と向き合うチャンスだからです。今までの価値観が揺らいでいるからこそ、本当に大切なものが見えてきます。

焦って答えを出そうとしたり、無理に何かを始めようとしたりしなくて大丈夫。それは本当の解決にはなりませんから。

この時期に、大切にしたいこと

  • 結論を急がない: 「どうしよう」と焦る気持ちを一度横に置いて、「今はわからなくてもいい」と自分に許可を出してあげる。
  • ひとりになる時間をつくる: 少し散歩したり、日記を書いたりして、自分の気持ちを感じてみる。
  • 自分に問いかける: 「自分にとって、本当に大切なことは何かな?」「この経験から、何を学べるかな?」
  • 新しい刺激に触れる: 普段読まない本を読んだり、行ったことのない場所に行ってみたりする。

この何もないように感じる時間が、新しい自分が育つための、大切な栄養になります。

ステップ3:小さな「始まり」に気づく

この霧が晴れたような時期の先に、新しい「始まり」が待っています。

でも、それはある日突然、劇的にやってくるものではありません。

多くの場合、それはとてもささやかな形で現れます。

  • ふと思いついた、小さなアイデア。
  • 新しい仕事の中で感じた、ほんの少しの「面白いかも」。
  • 新しい人間関係の中で見つけた、ちょっとした居心地の良さ。

これらが「始まり」のサインです。

それは立派な道ではなく、細くて頼りない小道のようなものかもしれません。でも、その一歩を踏み出してみることが大切です。

この最後のステップで重要なのは、完璧な計画を待たないこと。

うまくいかなくてもいいから、新しいエネルギーが向かう方へ、まずはお試しで一歩、足を運んでみること。その小さな試行錯誤が、やがて新しい自分らしさへと繋がっていきます。

「始まり」は、前の2つのステップを丁寧に経験した結果として、自然にやってくるものなのです。

おわりに:変化の波を、乗りこなしていくために

私たちは、これからもきっと、たくさんの「変化」を経験していくでしょう。

そのたびに、戸惑ったり、不安になったり、「モヤモヤ」したりするかもしれません。

でも、ウィリアム・ブリッジズが教えてくれるのは、そんな私たちへの、とてもシンプルなヒントです。

その「モヤモヤ」は、あなたがダメなわけでも、失敗したわけでもない。

それは、新しい自分になろうとしている、ごく自然なサインなのです。

「終わり」をきちんと受け止め、「宙ぶらりん」な時期を焦らずに過ごし、そして、小さな「始まり」を大切にする。

この心の動きの地図を知っていれば、私たちは変化の波にただ流されるのではなく、それを自分の力に変えて、うまく乗り越えていけるはずです。

もし今、あなたが暗いトンネルの中にいるように感じていても、大丈夫。

その先には、あなた自身もまだ知らない、新しい景色が必ず待っていますから。

その「モヤモヤ」は、新しいあなたに出会うための、大切なサインなのです。

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